■「人と時」 / 熊木杏里
■「人と時」 / 熊木杏里 評価:★★★★
01. home
02. あわい
03. それがいいかな
04. 傘
05. Best Friend
06. どれくらい?
07. いつかの影法師
08. 亡き歌
09. 風船葛
10. 生きかけとして
11. 雪
彼女の楽曲は古くならない。世間を厭っていた15年前の「殺風景」の頃から、希望を抱いたり、恋をしたり、結婚して母になって…その時々の彼女の人生観を切り取り、作品に落とし込んできた。どの作品も熊木杏里の人生そのものなのだと思う。そして今作は前作「群青の日々」の路線を踏襲した、彼女のスタンダードとも言うべきフォークソング・バラード中心のアルバムである。
配信リリースした「あわい」はドラマティックなバラード曲であるが、アルバムの世界観に合うようにリアレンジされている。Kiroroの「Best Friend」も良いアクセントになっているように思う。
アレンジはとにかくシンプルで、「傘」「いくつかの影法師」「亡き歌」「雪」など、静かで内省的な世界が広がっている。街中で何となくじゃなくて、部屋でちょっと襟を正して聴きたいアルバムだろう。全体の完成度はもちろん高いのだが、リード曲である「風船葛」と、「生きかけとして」が群を抜いている。
「風船葛」はフォーク・ロック調で今作では数少ないバンド・サウンドなのだが、次第に熱量を帯びていく演奏と歌唱が自然と涙腺を緩ませる。そして「生きかけとして」という曲は初めて聴いたとき、思わず作業する手を止めて4分間聞き入ってしまった。彼女の歌手人生をまるで総括してしまうような、後世を生きる人達への熱いメッセージである。それとも、彼女のお子さんへ託した楽曲なのだろうか。例えば15年後に誰かがこの楽曲を聴いて、その人の背中を押すことになればいいなと思うし、私も15年後にまだこの楽曲を聴いていて、励まされているような予感がする。
『私のこの歌をあなたが聞く頃は どんな時代になっているでしょう』
どんなに時代が変わっても、彼女の作品は瑞々しく魅力を持ったままなのだろう。
■「スターシャンク」/ Cocco
■「スターシャンク」/ Cocco 評価:★★★★★
1. 花爛
2. 2.24
3. 夕月
4. 海辺に咲くばらのお話
5. Gracy Grapes
6. くちづけ
7. Ho-Ho-Ho
8. 願い叶えば
9. 極悪マーチ
10. Come To Me
11. Being Young
12.フリンジ
「色彩と起伏に飛んだ楽曲」「闇の中に差す一筋の光をすくい取って歌世界へ投影した」という謳い文句、そしてCoccoの楽曲の中でも最もポップな楽曲のひとつ「願い叶えば」のMV公開しておきながら…蓋を開けてみれば広がるのはプログレ的な楽曲と、ダークさ全開の世界観であった。
Alanに提供した群青の谷を思わせるハードロック「花爛」で幕を開け、「2.24」ではプログレ的な世界を爆発させる。今作は全体的な沖縄色は薄いものの、この楽曲はCoccoからの沖縄の現状を訴えかける明確なメッセージである。「ジュゴンの見える丘」の、悲しい未来である。続く「夕月」「海辺に咲くばらのお話」の王道バラードは、普通に良すぎて涙腺が緩む。
全英詞で牧歌的な「Gracy Grapes」「Being Young」、前述のポップな「願い叶えば」を効果的に挟みつつ、後半の楽曲はこれでもかとCoccoの重くダークな世界観を堪能できる。「くちづけ」「Ho-Ho-Ho」「極悪マーチ」といった楽曲には一瞬の隙もない。
そしてトドメは「Come To Me」のシャウトである。最高だ、最高だよCocco…(ここで語彙力が無くなる)
それでいて初期の楽曲のように聴いていて辛くならないのは、これはCoccoの”排泄物”ではなく"創作物"だからなのだと思う。Coccoはかつて自信の楽曲のことを”ただのうんこ”と呼んでいた。
(参考:Coccoがうんこと呼んでいたもの|あじ|note)
人間の醜い部分と向き合いながらも、それを乗り越えてきたCoccoの人間としての強さを楽曲から感じられるのである。もちろん初期の「Raining」「樹海の糸」などもそれはそれで素晴らしい楽曲なのだが、それらとはまた異なった開放的なダークさなのである。それを堂々と歌い上げるCoccoはまさに自称するように”ダークサイド・クイーン”
である。闇がなければ光は分からない。なるほど、確かにこの作品は確かに闇の中に差す一筋の光なのかもしれない。ラストは自伝的な「フリンジ」でしっかり締めてくれる。
前作「アダン・バレエ」は良い作品だったが、ちょっと優等生的で全曲どれも80点な印象を受けた。今作はCoccoのクリエティビティが爆発した、とても突き抜けた作品である。個人的には「エメラルド」以来の大傑作、令和にも生まれたCoccoの名盤である。
個人的には「2.24」「夕月」「Come to me」がベスト・トラック。
『明日も会おう、どこにいてもほら、ひとっ飛び』って歌詞、めっちゃ可愛くない?
■「エメラルド」 / Cocco
■「エメラルド」 / Cocco 評価:★★★★★
01.三村エレジー | |
02.ニライカナイ | |
03.蝶の舞う | |
04.Spring around | |
05.玻璃の花 | |
06.4×4 | |
07.のばら | |
08.十三夜 | |
09.Light up | |
10.クロッカス | |
11.Stardust | |
12.あたらしいうた | |
13.カラハーイ | |
14.絹ずれ ~島言葉~ |
今作がCoccoのこれまでの音楽活動・そして人生すべてを注ぎこんで生まれたアルバムであることは想像に難くない。
初期の頃のCoccoは"沖縄を安売りしたくない"という理由で自らの音楽性を"敢えて"沖縄と遠ざけていた。その一方で「ブーゲンビリア」「がじゅまる」「ウナイ」といったキーワードを散りばめていたように、確実に沖縄のことを歌っていたのだ。そして次第に彼女は沖縄でライブもするようになり、「ジュゴンの見える丘」など、沖縄と密接に関わったメッセージ色の強い楽曲も発表するようになる。
"沖縄人として沖縄のことが歌えて嬉しい"
彼女はきっと沖縄のことをずっと歌いたくて歌いたくて仕方がなかったのだろう。しかし、それは沖縄を利用しているようで、嫌だった。そんな彼女が今こうして沖縄のことを堂々と歌えているのは、Cocco自身が音楽として"沖縄"を出せる自信を持てたからなのではないだろうか。「三村エレジー」「ニライカナイ」「絹ずれ〜島言葉〜」といった楽曲を聴いていると、彼女の沖縄人としての高らかな誇りを感じられる。沖縄人として、沖縄に抱く愛情・米軍基地問題や自然破壊に対する怒りを、誇示するだけでなく、音楽として鮮やかに表現する。
楽曲・曲調も、これまでのCoccoフリークが耳にしたら驚くこと間違いなしの多様性・意外性に富んでいる。以前の彼女はダーク路線を強いられたことや、路線やイメージに合わない明るい楽曲はできなかったということを示唆していたが、もうそんなシガラミは今作には存在しない。
初のセルフプロデュース作品ということもあり、根岸孝旨・長田進・RYUKYUDISKO・Curly Giraffeといった様々なアレンジャーを巻き込み、とにかくやりたい放題やってのけている。グランジ・ガレージパンク・ジャズ・ラップ・ヘビーロック・ポップス・民謡…もはやジャンル分け不能、多種多様の音楽性を貪欲に吸収させ融合させたCoccoにしか成し得ない楽曲に仕上がっている。
どんなに幅が広がってもCocco節は健在。Cocco史上最も激しく、最も楽しく歌っている。それが何より嬉しい。やっと彼女は本当にやりたかった音楽に辿りつけたのかもしれない。
彼女が生まれながらの天才的な歌姫であることは誰しもが認めるであろうが、そういった資質の部分だけでなく、Coccoという音楽家として新たな一歩を踏み出したような気さえする。そういう意味で、これはCoccoの新たな1stアルバムのようである。
先行シングルであり個人的に大名曲の「ニライカナイ」を軸とした、まるで何かが憑依したかのような神々しさ・激情を解き放つ序盤の3曲は圧巻。
静かなる激情を感じてならない「玻璃の花」、この世界すべてを包みこんでしまうかのようなスケール感のある「Stardust」といった楽曲も素晴らしい。
正直、弱いと思う楽曲もいくつかあるが、アルバム内の多様性を持たせる役割と、大作を繋ぐインタルードとしても効果を発揮している。
そして個人的には「カラハーイ」を推したい。沖縄民謡「ちんぬくじゅーしー」の詞を取り入れ、綿密に計算され尽くされた演奏と打ち込みサウンドが凄まじい何ともプログレッシブな一曲。ラストにかけ三線・ストリングス・コーラスなどが次々と絡み合い、神がかり的な展開を見せる。この楽しさはもう筆舌に尽くしがたい!!
これまで出会った人へ、これから出会う全ての人達へ、ブックレットの最後にはそう記されていた。この大傑作はいつかまた語られる日がくるはずだ。